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華北地域・ソリューション営業孫樹禄
 


NECSL中国 華北ソリューション第二営業部 孫部長

現地従業員紹介の第三回目はNECSL中国 華北ソリューション第二営業部の孫部長です。
華北ソリューション第二営業部は、ERP、CRM、販売・物流ソリューション、アウトソーシング、RFID、インフラ等の広範囲なソリュ?ションを手がけています。

■ 吉林省出身でコンピュータの技術者を目指した日々

私は1962年1月生まれの43歳、血液型はO型で、妻と17歳の娘がおります。出身は中国の東北地方である吉林省吉林市で大学は沈陽市内の大学でコンピュータのハードウェアとソフトウェアを学びました。当時はメインフレーム(汎用大型コンピュータ)の全盛期で、大学卒業後は沈陽で3年、北京で6年、ソフトウェアの開発関連の仕事をしました。当時は言語もBasicやCobolが主体だったと思います。
1992年、まだ子供が4歳の時でしたが、日本へ行くことを決意しました。何故、日本だったのかというのは明確では無かったように記憶しています。ただ、漠然と外国へ行きたかった。そして自分の力を試し、そして伸ばしたかったんです。そうしたことを考えている時に友人の紹介で日本のソフト開発の会社を紹介され、日本に行きました。

■ 暖かい日本人の愛情に包まれた東久留米の4年間

当時、私は日本語をほとんどしゃべれない状況で日本でのソフト開発の仕事をスタートさせました。当時、既に結婚していて娘が4歳。不安じゃなかったというと嘘になります。私が働いたのは偶然ながらNECの関係会社でした。医療機器のハ?ドやソフトを開発する会社で、毎日、アセンブラという言語でマザーボード等のロジックの開発に明け暮れた記憶があります。住んでいた場所は東久留米市だったんですが、この街は本当に私達中国人にとって住みやすい親切な街でした。とにかく市をあげて我々中国人には好意的でして、カルチャースクールや温泉旅行なんかにも参加したりして日本人の温かみに触れた記憶があります。昨年12月、来日するチャンスがあり、当時お世話になった日本人と9年ぶりに再会しました。懐かしさで一杯で自分の両親以上の愛情を感じました。日本語は会社で週2、3回程度、夜教育をしてくれ少しずつですが上達していきました。こうして4年間の日本生活が過ぎていく中で、中国へ戻ることを真剣に考えなければならなくなったのです。それは子供の教育ということでした。4歳で来日した子供も8歳になり、日本でこのまま日本人と一緒に教育を受けることと、中国に帰国して再出発をすることの二者択一で悩みました。そして最終的には北京へ帰国することを選んだんです。

■ 北京でのアルバイトに明け暮れる日々と起業の失敗

北京に戻ったのは35歳の時でした。とにかく家族を養わなければならないのでアルバイトに明け暮れる日々が続きました。資金的な余裕が出始めた頃、会社を作りました。パソコンの販売を中心とした会社で自分を含め4名の従業員で3年間とにかく必死で働きました。しかし残念ながら思ったように経営は向上せず、資金がショートし、遂に会社をたたむことになってしまいました。さすがにショックでした。

そうして絶望に暮れている時、1999年10月にNECSL中国の前進であるNECSIの人材募集の広告を見つけたんです。まさか、NECが中国でコンピュータの会社を持っているとは露知らず、自分の不勉強さを痛感しつつ応募しました。

■ NECとの赤い糸

話は前後しますが、私がNECと拘わったのは今の会社を入れて実は3回あるんです。既に説明した小平市のNEC関係の医療機器情報システム会社の他、1983年10月から1984年1月の教育があります。北京の”中日軟件中心”というところでSEの教育を受講しましたが、この教育にNECが拘わっておりACOS-4というメインフレ?ムでの教育だったように記憶しています。今でも終了証を持っていますが、”永瀬誠一”というNECの人の名前が書かれています。

こうして3度目のNECとの巡り合いの末、NECSL中国で働くことになりました。自分の経歴からすると当然、志望は技術者、すなわち開発部門のSEなんですが、当時は日本語ができる営業を急募しており、いつの間にか営業の仕事をすることになってしまいました。

■ 営業としての再出発

2000年からですが、最初はITインフラの営業をさせて戴きました。工場や事務所内のPC-LAN構築等の商談がメインでした。その後、イトーヨーカドー様の仕事を経て、資生堂様、トヨタ様等の仕事をさせて戴きました。昨年5月に部長に昇格させて戴いたんですが、まだちょっと戸惑っています(笑)。部長に昇格して私が感じるデメリットとしては、課長の時ほど達成感を肌で感じにくくなったこと、会議の数が急増し、それに伴いいろいろな会議資料を作らなければならなくなったことなんかがありますね。メリットとしては、人を使って自分のやりたいことがかなり自由に出来る、という点です。もちろん、権限と責任は表裏一体なんですが・・。

 
  

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